PROFIL

会派「新しい風」所属。副議長、総務文教常任委員、八十里越地点(国道289号線)開発促進期成同盟会議員。
三条市カヌー協会会長、三条市ゲートボール連盟会長、県央FCアドバイザー、公益法人隊友会新潟県隊友会三条支部特別会員、一般社団法人県央研究所顧問、一般社団法人燕三条青年会議所相談役、三条高等学校同窓会理事。自民党新潟県連青年局副幹事長、自民党三条支部総務会長。

◇1973年8月3日生まれ(43歳)/ しし座/B型

◇身長185cm/体重83kg/足のサイズ29cm

◇家 族 妻、長女(6歳)、長男(4歳)、父、母
◇資 格 政策秘書、教員免許(中学社会)、調理師、運行管理者、珠算一級、中型二輪免許、大型自動車免許など

◇趣 味 ダイエット&ワンダーコア、子どもとのひと時(専らいいトコ取りで妻に怒られています)、料理(ストレス解消その1)、車の運転(ストレス解消その2)など

・1973(昭和48)年8月3日

巻町(現新潟市西蒲区)生まれ

☆この年、父親が旧五之町に金物卸問屋を開業。現在は金物卸団地(柳川新田)に移転。

・1987(昭和62)年4月

三条市西潟に転居、市立第四中学校転入(中2)

・1989(平成元)年4月

県立三条高等学校入学

・1992(平成4)年4月

青山学院大学第二部経済学部経済学科入学

・1996(平成8)年3月

同 卒業

・1996(平成8)年4月

青山学院大学文学部非常勤助手

☆助手の傍ら、自動車教習所の指導員としてアルバイト。

・1997(平成9)年4月

都内フリースクールでボランティアスタッフ

☆深夜は居酒屋の厨房でアルバイト。

・1999(平成11)年6月

三条に帰郷、NSG教育研究会(三条市一ノ門)勤務

・2001(平成13)年7月

参議院選挙の手伝いで再び上京、選挙後に大仁田厚参議院議員の私設秘書(2002.10より公設秘書)となる

・2005(平成17)年10月

9.11の衆議院総選挙後、土屋正忠衆議院議員公設秘書となる

・2009(平成21)年10月

36歳新人 炎の挑戦!のため、秘書の仕事にピリオド

・2010(平成22)年4月25日

三条市議会議員選挙において3,304票で初当選

・2014(平成26)年4月27日

三条市議会議員選挙において3,156票で二度目の当選


代表メッセージ

『ふるさと三条に賭す』 名古屋豊君が自分の志や日々の試みを紹介するインターネットページのトップに掲げられているキャッチフレーズです。誰でも人生は一度限り、何に自分の"今"を捧げるのか?。名古屋豊君は2010年の三条市議会議員選挙で初当選してから、ただひたすら地元の市議として毎日を暮らしています。彼の奮闘ぶりを横で見ながら感じたのは、一年生市議にできることなど本当に小さなことしかないんだなということでした。

 地元の方達の声を聞き、市政の課題ごとに勉強したり研修したり現場でボランティアに立ったり、他地域も含め政治や行政の人脈・ネットワークを広げる社交にも勤しみ、そしてなによりも市議会活動で自分の主張を訴える。その傍らで、こまめに市政報告会を行い"新風NEWS"を発行し自らの動きを明らかにしていき、…と市議一年生として考えられうることは全て熱心に取り組んでおります。これらを当選した頃と同じ熱意で3年間は続けてきたというのは、応援クラブ代表という立場で言えば手前味噌になるかもしれませんが大したものだと思います。

 しかしながら市政に残した功績はまだ小さなことしかないというのもまた事実です。何年くらいこうした活動を続けたら大きな成果に繋がるのか分かりません。でも名古屋豊君は彼の人生を三条市議に捧げる間、緩むことなく熱心にこうした活動を続けていくのだろうと感じます。その信頼感は間違いなくあります。だから私は彼を応援しております。

 人口がどんどん減っていく日本になりました。経済活動も行政サービスも縮小することを前提に考えなければ成り立っていかない状況です。そんな《寂しい》時代に、どんな夢や方向性を持って暮らしていけば我々は日々の幸福を感じることができるのでしょうか?

 名古屋豊君には三条市議という目線だけでなく、若き「政治家」として広くこれからの世界を見据えた目線で、応援する我々にその光のありかを示して頂きたいと心から願っております。彼ならできます。名古屋豊を応援してくださる全ての皆様、これからも彼の頑張りに精一杯のご支援をどうかよろしくお願い申し上げます。

名古屋豊応援クラブ代表 大竹啓五